古い家に向き合い、部分的につくろい、暮らす。たどりついた理想の住まい
高山地区にある、広い庭と風格のある古民家。清水さん夫妻は、どのような道を経てここを住まいに選んだのでしょうか。家の修繕や今の暮らしについても聞きました。
overview
居住者構成 2人 | 以前の住まい 奈良市 | 居住開始 2018年 | 木造・平屋 | 敷地面積 1207m² | 延床面積 193m² | 建築 江戸時代後期(推定)
profile
生駒市出身の清水通(とおる)さんと、奈良市出身の文美(あやみ)さん。通さんは自営業で整体師、文美さんは茶筌づくりの仕事をし、ここでの新しい暮らしを楽しんでいます。
高山地区に住みたい。20年かけて見つけた古民家
生駒市北部にある高山地区には、市街地の雰囲気とは大きく異なる、自然豊かな田園風景が広がっています。その景色は「生駒にこんなところが」と驚く人もいるほどで、今移住希望者の熱い視線が注がれています。
また、茶道具全般や編み針といった竹製品の生産・製造も盛んです。特に、国内生産量の90%以上のシェアを誇る、茶筌(ちゃせん)の産地として知られています。
そんなエリアの小高い丘の上に、なんと江戸時代に建てられたと推定される立派な古民家があります。玄関までのアプローチを歩くと、椿などの庭木が品良く植えられた庭や、広い縁側が見えます。ここに住んでいるのが、清水さん夫妻です。
「実は20年もかけて、この家にたどり着いたんですよ」と笑うのは、文美さん。
夫妻は、30代の頃から「高山地区に住みたい」と考えていました。当時、文美さんは東生駒でギャラリーを運営。「以前から無農薬栽培の野菜に興味があって、高山地区の農家さんから仕入れてお店で売っていたんです。自然豊かで、田畑も広がっている環境をとても気に入り、このあたりに住みたいなと」。
当時マンション住まいだった夫妻にはこんな願いも。「わたしは日本家屋で育ったので馴染みがあり、100年以上前の古い平屋に住みたかったんです」と文美さんが言うと、「僕も木造平屋の木の温もりや雰囲気が好きで」と通さん。「高山地区で平屋の古民家に住みたい」が、二人の強い希望でした。
しかし、空き家があっても大掛かりな改修が必要で価格面の条件が合わなかったり、市街化調整区域のため住宅ローンが通りにくかったりして、住まいはなかなか見つかりませんでした。仕方なく高山地区以外のエリアや、高山地区で空き地を購入して家を建てることを検討した時期すらありましたが、二人の“第一希望”とは違うので決断しきれなかったといいます。
あきらめきれずに不動産サイトで徹底的に物件を探し続け、この家に巡り会えたのは50代になってからでした。
古い家を磨くように修繕し、自分たちらしい住まいに
初めてこの家を見に来たとき、通さんはすぐに「ここしかない!」とピンときたそう。
「外観やお庭が素敵で、車を使えば買い物も意外に便利な立地。建物が3棟と外蔵もあり、広いなと感じました。中を見せてもらったら、10年空き家だったのに保存状態は良好で、予算内の修繕で済むことが決め手になって。部屋数が多いところや、縁側のある和室から金剛山を望める景色、広くて心地いい縁側も気に入りました」
文美さんはどこが気に入ったのでしょう? 「ありすぎますね(笑)。特に気に入ったのは、家のなかにある内蔵。和室と隣接していて、外に出ることなく入れるんです。入口のレトロなデザインにも、わたしのギャラリー時代の荷物を入れられる収納力にも魅了されました。ここを逃したら一生こういうところに住めないなと思って」。
二人は歓喜と決意の一方で、地元の人から「庭木を切らなあかん、草刈りもせなあかん。田舎暮らしは大変やからやめとけ」と言われましたが、そうした暮らしの作業は苦にならず、むしろ好きでした。住まいを探し続けた長い年月の間に人生を見つめ直し「これからは自分たちの暮らしを大事にしよう」と考えたのです。二人は迷うことなく、2018年5月に引っ越します。
夫妻は、部分的に修繕を行いました。修繕とは、つくろい直すこと。大きく改修するのではなく、傷んだところや壊れたところだけを整え、古いものを生かしてよりよくする道を選んだのです。
最も大きく手を入れたのは、キッチン。床の下地が傷んでいたため、大工に依頼して合板をはがしてそれを替え、中に断熱材を入れてヒノキのフローリング材を敷きました。キッチンで存在感を放っているテーブルは、文美さんがギャラリー時代に使っていたものを天板にし、この家に残されていた棚を脚として再利用しています。元々あった流し台は捨て、北欧家具メーカーのシンクを自ら購入して設置しました。
また、キッチンやリビング、縁側のある和室などの壁に、抗菌性や耐久性を高める柿渋を塗る作業も自分たちで行いました。ほかは、縁側のある和室の畳を替えて、風呂場の浴槽を入れ替えただけ。ふすまやトイレなどはそのまま使うことができたのです。古き良きものと、夫妻のセンスが光る新しいものが、うまく馴染んだ生活空間になっています。
通さんにマンション住まいとの違いを聞くと「事前に聞いていた通り、草刈り、庭木の剪定、落ち葉拾いなど、家の仕事が多いことですね。僕は元々そういうのが好きなので、楽しんでいます。地域の清掃活動は年に数回ある程度です。みなさんいい方で、よくしていただいています。移住者もけっこういて、住みやすいです」と微笑みます。
文美さんは、古い家に向き合い、それを磨き上げるように部分的に修繕して使い続けるおもしろさを改めて実感しています。「例えば、瓦に恵比寿さんや大黒さんがのっていて、『こんだけ手間かけるんや』って昔の職人さんの技術や文化を感じて。昔の建て方ってすごい、それがまた残っているなんてすごいなって思います。修繕は手間がかかるんですけど、手をかけるほど家がよくなっていくんです」。
住まいが変わることで、暮らしも変わった
暮らしはじめて3年目。二人の生活はどう変わったのでしょうか。
「時間のゆとりができました。こっちに来て、心身が喜んでいるな。自宅前の畑を借りることになって、土づくりからはじめて、畑仕事も楽しんでいます」と通さん。年間10種以上の品種を育て、野菜を買うことはなくなりました。
通さんは変わらず整体師の仕事を続け、出勤していますが、文美さんは仕事にも変化が。「高山から出たくないなと(笑)。ここに住みながらゆとりをもって働きたいなと思っていたら、茶筅づくりの仕事を紹介してもらったんです」。分業制で、自宅で毎日作業しています。
文美さんは週に2回、高山町にある『ひらひら農園』へ仕事にも行っています。
「前は、生活イコール仕事で、仕事のために生きているようでした。時間に追われていましたね。それが180度変わって、今は自分たちが生きるために生活の一部で仕事をしています。前は“仕事、仕事”だったのが、今は“仕事はなんでもいいやん”って思えるようになりました」
これから、庭にある椿の種を使った搾油のほか、しいたけ栽培、ピザ釜づくり、薪ストーブづくりなど、やりたいことはたくさんあるといいます。
「あれもこれもと色々出てくる(笑)。どこまでできるかな」「長年かけてぼちぼちと」と楽しそうに話す二人。
通さんはこう話します。「家を見つけるには、まず『どういう暮らしがしたいか』だと思います。理想を思い描いていたからこそ、今の住まいと暮らしがある。ワクワクしながら毎日楽しんでいます」。
やっとたどりついた住まい。これからも二人はこの住まいからのギフトのような日々を、愛おしんでいくのでしょう。
(2020.09.01)
市街化を抑制する地域で、原則として開発や住宅・商業施設等の建築はできないことになっています。
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