一人暮らしから三人暮らし、そして「みんなの居場所」へと変化した家
中古マンションを購入し、自ら設計してリノベーションした伊藤さん一家。建築のプロフェッショナルの住まいを感じさせる、洗練されながらも居心地のいい空間です。
overview
居住者構成 3人 | 以前の住まい 大阪市 | 居住開始 2018年 | 鉄筋コンクリート造 | 延床面積 90.26㎡ | 建築 1990年
profile
三重県名張市出身の伊藤茂雄さん、兵庫県姫路市出身の陽子さん夫妻。茂雄さんは建築コンサルタント、陽子さんはある自治体の保健師として働き、1歳(取材時)の長男と3人で暮らしています。


自ら設計して、中古マンションをリノベーション
今回訪ねたのは、萩の台の閑静な住宅地に建つマンションに住まう、伊藤さん一家。
大阪の大手建設会社で設計の仕事をしていた伊藤茂雄さんは、研究所や生産施設など、住まいではない建物の担当が多かったそうです。「設計の仕事を長くやってきました。仕事では経験できなかった『人が暮らす場所』の設計をしてみたいと考え、自分が住む家を設計することにしたんです。当時は独身だったため、戸建てではなくマンションを自分の暮らしに合わせて設計しようと思い、中古マンションを探しました」と振り返ります。
生駒を選んだ理由は三つありました。「一つ目が通勤です。当時の会社まで通う場合、生駒からならドア・ツー・ドアで約1時間。それが大きな魅力でした。二つ目は、僕は登山やトレイルランニングが趣味で、山の近くで暮らしたかったことです。生駒市南部にある矢田丘陵にトレランの練習で来たとき、『すごくいい山だな』と気に入って、矢田丘陵に近い萩の台のマンションを選びました。三つ目は、立地です。生駒は大阪と、実家がある三重県名張市の中間くらいにあり、どちらにも行きやすい点にも惹かれました」と、茂雄さん。

選んだのは、10メートル×10メートルの4LDKのマンション。構造的に取れない間仕切り壁がなく、空間を自由に使える点がこのマンションを選んだ理由の一つです。茂雄さんは、施工パートナーに選んだ奈良の老舗工務店に自ら通って毎週打ち合わせを重ね、計画をつくり上げました。
まず間仕切り壁やキッチン台、畳などをすべて取り払い、四方のコンクリートの壁をむき出しにしました。
家づくりのコンセプトは「暮らしに寄り添うワンルーム」。ただの四角い箱ではなく、ワンルームの中央部に、柱のように厚い二つの壁を並行に設置したのです。茂雄さんはこの壁を「要壁」と名付けました。「空間を区切るのではなく、要壁によってゆるやかに空間を分けつつ、全体がつながる設計にしました」と茂雄さん。

(写真提供:茂雄さん)
要壁の間にキッチンを置きました。また、玄関側の壁は目隠しにもなっています。玄関から入ってコンクリートの細い土間を数歩ほど歩くと、約32畳の広いリビングが見え、その動線にストーリー性を持たせたといいます。
「キッチンを中心に、北側は寝室や浴室、家事室などをコンパクトに集約したプライベートスペース、南側はリビングがキッチンと一体化しフレキシブルにみんなで使えるパブリックスペースとしました。来客時にはプライベートエリアにあるクローゼットの扉を引けば、プライベートエリアを見えなくすることもできます。
要壁の素材は、大阪の家具メーカーから譲り受けたというウォールナットの家具の端材。それを工務店の大工が同じ厚さに揃え、丁寧に組み付けたそうです。「建築に携わる者として、材料や資材を再活用し循環させる取り組みをしたいと考えたことが、端材を用いた大きな理由です。要壁は家の中で目立つ部分なので、良い素材に出会えたことは大きかったです」と、茂雄さん。
また土間は、ものづくりが好きだという茂雄さんの製作や作業、道具などのメンテナンス場所として活用されています。

結婚、転職、出産。すまいの使われ方が変化していく
2022年、結婚を機に大阪から陽子さんがここへ引っ越し、二人暮らしがスタートしました。二人分の衣類を収納するためのクローゼットや家電を購入して設置したくらいで、住まいは大きく変わらなかったといいます。そのクローゼットや冷凍庫は今、以前茂雄さんが作業場として活用していた土間に置いています。衣類や防災用品を収納しているそうです。
「部屋数が少ない点は、一人暮らしのときは気にならなかったんです。でも二人暮らしになって、自分の時間を持ちたくなったときの逃げ場がないと分かりました」と茂雄さんが笑うと、「部屋のなかにテントを張っていたときもあるんですよ」と陽子さんが明るく教えてくれました。
陽子さんが、この家で気に入っているところの一つが、オールステンレス製のシステムキッチンです。「広く、ある程度の高さがあって料理しやすいうえに、料理しながら窓からの山景色を見たり、子どもを見守ったりできるところが好きです」。
カウンター部分が食卓も兼ね備えていて、ここで食事もできるそうです。「料理をしてすぐに『どうぞ』と出せますし、食べた後に片付けるのも楽です」と、陽子さん。キッチンは一つの壁の内側に接していて、食器や冷蔵庫などの収納スペースにもなっています。

茂雄さんは別の建設会社に転職して建築コンサルタントになり、週に3回ほど自宅で働くワークスタイルに。以前は勉強スペースだったところがワークスペースになりました。デスクの前にある窓からは公園の木々が見え、仕事がはかどりそうな空間です。
陽子さんも、ここからの景色が好きなのだそうです。「東側なので朝日が入りますし、本を読みながら景色を楽しんでいます」と微笑みます。
デスクの背後には、もう一つの壁があります。実はその中は、書庫。レールがついていて、区切られた一つを引き出すと本棚が現れます。壁の表面の隙間に、茂雄さんが3Dプリンターで制作したフックを入れると、ハンガーなどを掛けられます。壁にいろいろな機能を持たせているところがユニークです。


2024年1月、長男が誕生して三人暮らしになりました。育児により生活は変わったそうですが、茂雄さんが設計時に住まいに“余白”を残していたので、目的に合わせて使い道を変えているそうです。「例えば椅子の配置を気軽に変えたりして、いろいろな形で自由に使える部分は僕としては良かったところ」と茂雄さんが言うと、陽子さんも「気分転換になるよね。位置を変えられるから、子どもとかくれんぼもできるし!」と笑います。

小さな子どもを育てていると部屋が散らかりがちですが、茂雄さんと陽子さんはなるべくものを増やさないようにし、一つ買ったら一つ捨てるよう意識しているといいます。「あとは、人に見せてもいいようなものを買うようにもしています。でもあと一部屋、物隠しの部屋が欲しかったなと思っていますよ(笑)」と陽子さんが教えてくれました。
マンションは高台の南斜面に沿って建てられているので、大きな窓からあたたかい陽光がリビングに差し込みます。広いリビングで三輪車に乗って遊ぶ長男を、二人はおだやかに見つめていました。

自宅を開放し、地域の女性たちがつながる場をつくる
取材が進むなかで、陽子さんが告白してくれました。「私、最初はこの空間がすごく嫌だったんですよ。収納スペースがあまりなくて使い勝手が悪いなって(笑)。でも、遊びに来てくれた友人が『カフェみたい』と言ってくれて、子連れでも母子共に安心しリラックスして過ごせる場が生駒にたくさんできればいいなと思っていたところだったので、『そうだ、自宅でやればいいのか!』と考えついたんです」。
実は、産後に思い通りにはいかない育児を経験し、しんどさを感じたことがあったという陽子さんは、一念発起しました。自宅を開放するイベントを企画したのです。
「私は当時、生駒にまだ知人や友人がほとんどいなかったこともあって、産休・育休に入って社会とのつながりがなくなってしまったんです。それまでは必死で働いていたのに、社会とのつながりがプツンと切れてしまった、そのギャップも苦しかったんだと思います」と、陽子さん。
生駒はベッドタウンなので、自分のように両親や友人が近くにはいなくてつらい思いをしているお母さんがいるかもしれないーー。そう考え、お母さんたちのためにこの空間を有効活用しようとしたのです。
茂雄さんもそのアイデアに大賛成でした。「住まいの形は変わらないんですけど、リビングの目的や使い方を変えたんです」と茂雄さんが言うと、陽子さんも「うん、自分たちだけから地域の人という方向にね」と頷きました。

主にインスタグラムで情報を発信し、2024年11月、2025年4月、10月と、これまでに3回実施しました。女性たちは子連れで参加し、参加者どうしでのんびり話したり、シェフのお手製弁当を楽しんだりしたそうです。
陽子さんはこのイベントを不定期で開催し、ゆくゆくは赤ちゃんやお母さんのための「赤ちゃん食堂」も始めたいと考えています。生駒市の「いこまちマーケット部」や「いこまち宣伝部」にも入り、積極的に地域の人とのつながりを深めています。

一方、茂雄さんも地域と積極的に関わっています。ワークスペースの窓から見える、マンションの隣にある公園の利活用の企画に関わったのです。「入居時に自治会に入っていて、設備更新の際に会の一員として『こういうのはどうですか』と提案しました。イベントとして使える広場を確保したり、お茶会ができるようなデッキやチェアスペースをつくったりしました」と、茂雄さん。
二人は自分たちだけでなく、地域の人たちの心地よさも大切にしながら、多くの人の場づくりをしていくのでしょう。
(2026.02.16)








