公私を横断する心地いい生き方
生駒市高山地区のデザイン事務所『design farm DRiP』の代表・藤井崇司さんは、デザイナーとして活躍しつつ、自ら畑を耕す日々を送っています。休日は育てた野菜を使い、事務所の庭でバーベキューを楽しむことも。高山地区の自然に囲まれた暮らしと、この地だからできるデザインの仕事についてうかがいました。
藤井崇司さん
京都市立芸術大学、同大学院卒業。2002年『日建スペースデザイン』入社。2015年、生駒市高山地区にデザイン事務所『design farm DRiP』を開業。ANA クラウンプラザホテル広島の「木もれ陽のチャペル」で国際的なデザイン賞を受賞。そのほか、学校などのインテリアデザインや家具の販売も手掛ける。
自然豊かな環境を求め、土地探しをスタート
藤井さんが高山地区で暮らし始めた経緯を教えてください。
以前は京都市内の都心部に暮らし、大阪のデザイン事務所で働いていました。生活は便利でしたが自然に触れる場が少ないと感じていたんです。僕には、幼少期を三重県の山や川に囲まれた土地で過ごした経験があり、同じような環境で子育てをしたいと思うように。家族と相談して「自然豊かな場所に自分のデザインで家を建てよう」と2010年頃に決めました。
整備された住宅地よりも緑豊かで、自分で手を入れる余白がある場所がいいと考え、土地を探し始めました。
京都、大阪、兵庫、奈良と広範囲に渡り2年以上探し回ってたどり着いたのが、生駒市高山地区。自宅だけでなく子どもたちが通う保育園や小学校も豊かな里山と農地に囲まれています。さらに、大阪、京都、奈良市内へも移動しやすい立地。理想に叶う条件だったので、2013年に引っ越しました。
地域に溶け込んでいくなか、独立を決意
暮らしはどう変わりましたか?
引っ越し後、1年は高山地区から大阪まで通勤していて、繁忙期に入ると、帰宅が早朝になることもありました。ヘトヘトに疲れて家に着くと、近所の畑では農作業が始まっています。朝一番に土に触れて身体を動かす生活が、とても人間らしく豊かに感じ、仕事と生き方を見直すきっかけになったんです。
まずは、自宅の庭で家庭菜園を始めました。隣近所は野菜づくりのプロばかり。「今の時季は何を植えたらいいですか?」と話しかけるうちに仲良くなり、畑仕事のノウハウを一通り教えてもらったんです。慣れたら大きな畑を借りて、子どもと一緒にいろいろな野菜を育てました。仕事が忙しいときには水やりや草抜きなどでご近所さんの手を借りたり、「たくさんできたから食べて!」と野菜をいただいたりすることも。人との繋がりに支えられています。
新年会など自治会の年行事に参加したり、子ども会の会長を経験したり、近隣の方々との繋がりができたのはありがたかったですね。高山地区は、都会では減ってしまった地域の交流がありつつ、人間関係のしがらみがなく、人との距離感がちょうどいいと感じます。
畑仕事や地域の活動を通じて、高山地区に溶け込んでいったのですね。
そうですね。溶け込もうと意識して活動していたというより、好きなことをしているうちに徐々に変化していって、気がついたら自分らしい暮らしができていた感じです。
太陽や雨の恵みで作物が生長する様子には、多くの気づきと感動があります。そんな日々のなかで、もっと自然のリズムに寄り添い、そこで培われる感性をデザインにも活かしたいと思うようになりました。
その思いを実現するため、独立してデザイン事務所『design farm DRiP』を自宅近くで開業しようと決めたんです。近隣の人たちのレクチャーのおかげで自分たちの食べる野菜くらいはつくれるようになっていたので、「仕事が軌道に乗らなくても食に困ることはない」という自信も独立の後押しになりました。
事務所の建物は、元々保育園だったプレハブを借りてスタッフ全員でDIYをしました。2015年に開業を迎えた後も、少しずつ手を加えながら居心地のいい空間づくりを楽しんでいます。
事務所の庭に、コンテナ型で高さのある畑をつくりました。かがまずに作業ができて身体に負担がかからないし、水はけも良く栽培しやすいんです。忙しくても毎日土に触れることができますし、スッキリした見た目も気に入っています。
周辺には外食できるお店があまりないので、事務所の畑で野菜を収穫し、ランチをつくるのが僕たちの日課になりました。野菜は自分たちでつくったものでまかなえるし、肉類などは事務所の冷蔵庫にストックしてあるので、いろいろなメニューをつくって楽しんでいます。
楽しみながら築く、公私が繋がる生き方
高山での仕事は順調ですか?
はい。おかげさまで、開業以来関西に限らずホテルや飲食施設、学校、オフィス、住居など様々な仕事を受注しています。デザイン業界の仕事は都心部が中心なので、高山地区での独立に不安もありましたが、京都・大阪へ車で40~50分で行けるので不便は感じません。建材メーカーに依頼したら、宅配便でサンプルをすぐに送ってもらえるので、困ることはありませんでした。
デザインには自然素材を多く使うようになりました。木目をプリントしたシートやプラスチック素材は安価で耐久性があるけれど、本物が持つ温もりや経年変化の味わいは出ません。高山地区で日々体感している自然のパワーが、空間づくりに反映されるようになりましたね。
高山地区で開業してから、仕事とプライベートの境界がなくなってきました。取引先の方が来ると、1時間に1本の帰りのバスを待つうちに仕事の話から脱線して趣味の話で盛り上がり、帰る頃には親しくなっていますね。また、奈良でクリエイティブな仕事をする人は都市部より少ないので、彼らとの繋がりも強くなりました。「修行」と銘打って一緒に視察旅行をしたことも。修行ではなく、半分以上は楽しむためですが(笑)。
そうやって繋がった仲間を招き、休日に事務所の庭でバーベキューやテントサウナを楽しんでいます。都心で開業していたらできなかった、緑豊かな高山地区ならではの楽しみ方です。
どんな立場の人ともフラットな関係を築きたい――。そんな思いで暮らすうちに、いつの間にか公私を横断する心地いい生き方が実現していました。これこそが、僕なりの「人間らしい豊かな暮らし」。お互いに刺激を与え合える仲間に恵まれています。
今後やっていきたいことは?
より高山地区に根差す活動がしたいです。伝統工芸を活かしたデザインや、人が集う場づくりもしたいです。仲間と一緒に飲食店や宿泊施設ができたらいいですね。「昔に比べて人が減ってしまった」と嘆くご近所さんにも喜んでもらえたら嬉しいです。
(2021.11.05)
いいサイクルはじめよう、いこまではじめよう
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