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目指すのは、僕の店がいらなくなること。境内から広がる1杯の世界観

12月のある日曜日。寒空の下、お参りする人たちに混じって往馬大社の鳥居をくぐると、心地よい香りがしてきました。左手にある座小屋には、「THE LIGHT. Coffee」の看板と、ふかふかのキャンプ用チェアがずらり。吸い寄せられるようにのぼった階段の上では、店主の山中陽平(やまなかようへい)さんが笑顔で迎えてくれました。どうしてこんな場所で?その謎解きをしたくて、お話を聞きました。

山中陽平さん

1978年東大阪市生まれ。神戸、京都、生駒、大阪、東京など各地を転々とした後、子育てをきっかけに10年程前、生駒にUターン。市内でマーケティングやブランディング事業を中心としたTHE LIGHT.(株)を経営する。2024年から往馬大社で「鳥居の向こうCOFFEE」を定期的に開催。家族は妻と娘1人。生駒市さつき台に在住。

はじまりは出会いの連鎖から

最初に、コーヒー屋さんを始めた経緯を教えてください。

僕には建築カメラマンとしての顔があり、撮影で全国各地に行きます。待ち時間はコーヒーショップを探すのですが、驚くほどおいしいコーヒーもあれば、そうでもないコーヒーもある。この違いはなんだろう…と好奇心が湧き、店主から話を聞いたり、焙煎をされている方を追いかけたりしているうちに、東京のグリッチコーヒー(GLITCH COFFEE & ROASTERS)に辿り着きました。そこにはコーヒーで世界に挑戦する素晴らしい方たちがいて、上京の機会を見つけてはレッスンを受け、淹れ方を研究するようになりました。

しばらくして買い集めたコーヒー豆が貯まってきた頃、生駒駅近くにあるカフェKininaluがお店をやってみたい人などに場所を貸していることを知り、コーヒー屋を始めてみることにしました。オープン時はグリッチコーヒーの方が来てくださって、「ちょっと薄いよ」など真摯に教えてくれました。

往馬大社で「鳥居の向こうCOFFEE」を始めたきっかけは?

往馬大社の権禰宜、谷野さんからお声掛けいただきました。谷野さんは、住宅化で無くなった参道の賑わいを、民間の力で取り戻そうとしています。そのためには「普段から人が集まり充実した時間を過ごせる何か」が必要で、僕のコーヒー屋に興味を持ってくださったそうです。広い境内ではお客さん同士も話しやすいようで狙い通り、憩いの場になっています。

それに、開催する側も気持ちがいいんですよ。店舗では「お客さん来ないな」と沈んだ気持ちになりがちですが、境内ではお客さんがいなかったら自分がくつろぎたいくらい(笑)。東菜畑のUMAMI唐揚げ ROOSTERの長谷川さんと一緒にお店を開いていますが、とても楽しいです。

1杯を「新たな体験」にするために

どのようなコーヒーを出されていますか?

基本的には4種類です。そのうち3種類は月ごとに違う味、1種類は安心できるスタンダードな味を用意しています。
以前は希少で値段が高いものが喜ばれると考えていましたが、違いました。お客さんは社会の評価よりも、僕が一生懸命探してきた「変わった豆との出会い」や、「おいしさの新たな発見」に興味を持ってくださる。コーヒーの世界が広がっていく面白さを、素直に感じてもらえるんだと思いました。今は、僕が好きな個性のある風味を中心に、豆が持つストーリーを説明しながら提供しています。

コーヒー屋としては特殊な場所ですが、工夫していることはありますか?

カフェでは理論に基づいた淹れ方をしていましたが、境内に移ってからは、香り重視の淹れ方に切り替えました。華やかな香りを感じると、飲む時の気持ちが盛り上がりますよね。

屋外になったおかげで、驚くような体験もしました。土っぽくて苦手なケニアの豆があったのですが、ある雨の日に往馬大社で飲んだら、とてもおいしかった。湿度や周囲の香りとマッチングして、味覚が変わるほどの何かが生まれたんですよ。コーヒーの新しい世界を見た気がして、もう1度あんな体験をしたいという気持ちがずっとあります。

見えないものを形にしながら先を行く

東京からUターンされていますが、このまちでの暮らしはいかがですか?

僕自身は、都会に住んでいた時に失いかけていたものを生駒で取り戻すことができたので、充実していると思っています。東京は刺激が多く、その刺激にどんどん反応していくうちに、小さな変化に反応できない鈍感な自分になっていました。子育てをきっかけに「暮らしのバランスを見直した方が良いのではないか?」と思うようになり、東京を出ました。
生駒に住んでからは、坂の上の桜が芽吹いている様子にうれしくなったりして、「人生の喜び」が増えた様に感じられました。
都会が悪く地方が良いというわけではなく、どちらにも相応の価値があります。その境界を超えて行き来することが、自分の生き方に合っていると気づいたんです。

それに、生駒はクリエイティブな活動をするのに向いています。クリエイティブというのは、見えないものを形にして、みんなに見えるようにすることだと僕は思います。そういう意味で生駒は、まだ形になっていなくて「これ何なんだろう」と考える余地がいっぱいあり、とても面白いまちです。
往馬大社の良さを見える形にして、誰かに届ける。同じように、自分だけが知っているコーヒーの香りを分かりやすく提供して、他の人が感動する。新しい目線が生まれた結果、もっと双方の世界が広がったらいいなと思います。

最後に、これからの目標をお聞かせください。

「生駒に来たらおいしいコーヒーをいっぱい飲める」と、みんなに思ってもらいたいです。すでに素晴らしいコーヒー屋さんがあるので、僕もその中の一人として一緒にまちを開拓したいです。その後に「じゃあうちもやってみよう」という人が増えて、生駒をコーヒー屋だらけにして、最終的には僕の店がなくなるといいですね。今はコーヒーを1杯900円で提供していますが、生駒にその価格でコーヒーを飲む文化があると分かれば、「800円ならお店が出せるかも」「900円でTHE LIGHT.Coffeeに負けないコーヒー出せるわ!」と考える人もいると思うんです。そうやって世界に「生駒といえばコーヒー屋の多いまち」と認知してもらえるようになったら誇らしいです。そのときには僕のお店も撤退です。やっぱり自分でやるより誰かに淹れてもらうコーヒーが一番美味しいから。
2025年3月には、往馬大社で「鳥居の向こう」の大きなイベントも開催する予定です。もし私のコーヒーに興味をお持ちの方がいらっしゃったらぜひ来ていただけたらと思います。

WRITER 中村京子

1977年、釧路市生まれ。松江・広島・福岡・大阪など様々な土地で暮らした後、2018年から生駒市在住。学生時代の専攻は視覚心理学。人と自然とクラシック音楽が大好き。(いこまち宣伝部6期生)

PHOTOGRAPHER 石飛たけし

神奈川県海老名市出身、2012年から生駒市在住の2児の父。カメラ嫌いの次男をどうしても撮れないカメラマン。コーヒーが好きで、最高の一杯を求めて焙煎修行しています。生駒で好きな場所は宝山寺。好きなこと、好きなものだけに囲まれて生きていくことを目指して日々活動中。(いこまち宣伝部7期生)

いいサイクルはじめよう、いこまではじめよう

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