暗峠に、再び灯りが。峠の茶屋「すえひろ」をつなぐ人たち
生駒市と東大阪市の境にある暗峠(くらがりとうげ)。急な坂道を上がった先に「峠の茶屋 すえひろ」があります。
約30年、峠を行き交う人たちを迎えてきた茶屋は、2024年に店主が亡くなり、一時は継続があやぶまれました。もうこの景色は見られないのか。そう思われた場所に、2025年春、若い世代が再び灯をともしました。
峠の静けさの中で続いてきた時間と、これからを生きる人たち、その交差点が今の「すえひろ」です。すえひろはどのように引き継がれたのか。運営する辻本さんと田中さんにお話を聞きました。
辻本 太郎さん / 田中 くるみさん
辻本 太郎さん
大阪府内で飲食店を経営。平日は自身の店を営みながら、週末は峠の茶屋すえひろの調理や接客を担当。実家は茶業で、お茶や茶屋文化への親しみが深い。暗峠の自然と人の営みに魅了され、運営継承の中心メンバーとして関わる。
田中 くるみさん
大阪府内で飲食店店長・事務業務を兼任。平日は生駒山麓にあるカフェで店長や会社運営を支えながら、すえひろでは金曜夜から仕込みをし、土日はお店に立つ。場を整え、人をつなぐ役割を担いながら、峠の茶屋を次の世代へつなぐ一人。
山頂のお店と日常を行き来する、すえひろの週末
普段は、どんな生活を送っているんですか?
辻本さん:
平日は私も田中さんもそれぞれ別の場所で働いていて、週末になると暗峠に上がってくる生活です。僕も普段は自分の店があるので、土日だけここに立っています。大阪側から上がってくる道は急斜面で、最初は正直ちょっと怖かったですね。でも毎週通ううちに、今では慣れた道になりました。
楽しく続けられているのは、毎週のように山を登って来店してくれるお客さんがいるからです。健康のために歩く方もいれば、顔なじみに会うのを楽しみにしている方もいる。ただ一息つきに来てくれるだけでも、すごく嬉しいです。
田中さん:
私は金曜日の夜に仕込みをしにきて、終わったら一度下りて土日にまた来ます。平日は別の場所でカフェの仕事もあるので、なかなか忙しいのですが、すえひろに立つ週末は特別ですね。
山を生活の一部にする人たちがいて、ここを楽しみにしてくれている。そういう姿を見るたびに、この茶屋を続けていく意味を感じます。週末だけでもお店を開いて残していきたいです。
「なくしたくなかった」その気持ちが始まりでした
なぜ、この茶屋を引き継ごうと思ったのですか?
辻本さん:
田中さんとは、飲食の仕事を通じて知り合いました。そんな中で、すえひろが閉まるかもしれないという話を聞き、2人でお店をできる範囲で引き継ごうと決めました。
最初はまさか自分が、お店に立つことになるとは思っていませんでしたが、小学生の頃に授業で「地域のことを調べよう」という学習があって、奈良街道を担当したことがあったんです。乗り気ではなかったのですが、調べていくうちにだんだん面白くなってきたことを思い出しました。
家の近くを伊勢まで歩く人が通っていたと知って「あ、この辺を昔の人がほんまに歩いてたんや」と思ったら、子どもながらにわくわくしたことを覚えています。
辻本さん・田中さん:
「ここがなくなるのは、やっぱり寂しいな」と思いました。すえひろは30年続いてきた場所で、毎週山を登ってくる人もいる。そういう場所が誰も継ぐ人がいなくて静かに消えていくことを、「仕方がない」では片付けたくありませんでした。
だから「誰もやらないなら、自分たちでやろうか」という言葉が出たのも、大げさな決意表明ではなく、本当に自然な流れでした。無理して全部を背負うより、できる形で続けてみる。土日だけでもお店を開く。その距離感が、私たちにはちょうどよかったと思います。
女将・三佐子さんが守ってきた、すえひろの空気
お二人にとって、女将・山田三佐子さんは、どんな存在ですか?
辻本さん・田中さん:
お母さん(山田三佐子さん)は、この店の「空気」そのものです。不思議なんですけど、「こんにちは」って声をかけるだけで、通り過ぎるはずだった人が足を止めることがあります。強く引き止めるわけでもなく、放っておくわけでもない。その距離感が絶妙で、長年ここで人と向き合ってきたからこそなんだと思います。
お母さんが店にいる日は、人の集まり方がやっぱり違います。常連さんもそうですし、話をしに来る人、顔を見に来るだけの人もいて「お母さんに会いに来てるんやな」と感じることが多いです。
私たちにとっても、お母さんがいると安心します。これまでいろんな時代を生き抜いてきた人生の先輩で、人のことを瞬時によく見ておられるんですよね。
私たちのような世代が運営を引き継いでいく中でも、お母さんの存在があることで、この場所がちゃんとつながっている気がします。商いの師匠みたいな人で、学ぶことは今もたくさんあります。
山田三佐子さん、ご本人は、今の状況をどんなふうに感じていますか?
山田三佐子さん:
夫が亡くなって、私自身も年を重ねて、正直もうここはこれ以上できないと思っていました。体のこともあって、「もうここで終わらせてもらおうかな」と思ったこともあります。でも、夫が亡くなる前にぽつりと「できたら、続けてほしいな」と言った言葉が、ずっと心に残っていました。
そんなとき、昔からこの場所を知ってくれていた人たちがいろいろな人に声をかけてくれて。私の孫が「いずれ私が何とかしたいから、残してほしい」と言ってくれたのも、大きかったですね。地元の人の紹介で辻本さんや田中さんと知り合い、若い人たちがきちんと形をつくり、みんなで運営してくれている。本当にありがたいと思っています。
私も出られる日は顔を出して、金曜の夜にこの茶屋に戻ってきて土日はここに立っています。
無理のない関わり方が、今の私にはちょうどいいんです。常連さんの顔を見て、少し声をかける。それだけでこの場所が「生きている」と感じられる。峠にまた灯りがともったことを、素直にうれしく思っています。
変えすぎず、少しずつ。すえひろのこれから
今楽しいことはなんですか? これからお店をどうしていきたいですか?
田中さん:
最近は若い登山者やサイクリングの途中で立ち寄ってくれる人が増えてきました。少しずつ客層が広がってきて、すえひろの風景も変わり始めている気がします。
開店からある名物カレーはずっと大事に残したいですし、その味を守りながら、カレー以外の新しいメニューも少しずつ加えていけたらと思っています。峠にある茶屋なのでできることには限りがあります。でも、ここに灯りがあるだけでほっとしてくれる人がいる。そのことが続けていく理由になっています。
これからも、山と人のあいだにある場所として。すえひろの灯りを、静かにでも確かに、灯し続けていきたいです。
(2026.3.12)
ライター:いこまち宣伝部3期⽣ 小林まっこ/カメラマン:いこまち宣伝部6期生 さくさく
すえひろ名物のカレーとコーヒー。できるだけレシピは変えず、長年の味を守っています。
10年以上すえひろを支えてきた川田さんも、辻本さんたちと一緒に厨房に立ちお客さんをお迎え。
WRITER 小林まっこ
兵庫県出身、2003年から生駒在住。市内で「cocodesign 山の印刷屋」主宰。趣味はカメラとアウトドア。「イコマカメラ部」を運営し、カメラで地域を盛り上げる活動をしています。これからもたくさんの人と関わりながら、生駒から楽しいことを発信していきたいです。(いこまち宣伝部3期生)
PHOTOGRAPHER 菅野幸作
神戸市出身、2015年から生駒在住。2児の父親。宣伝部の活動を通じ、生駒の店やヒトと触れあうことで暮らしに充実感を覚え、好きな撮影でまちをアップデートできないかと隙あらばカメラ片手に奔走中。野望は生駒を「©さくさく」の写真だらけにすること。(いこまち宣伝部6期生)








